白戸 啓子さん (あじたまレインボウ発起人、野菜の食卓主宰)

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鰺ヶ沢のよかった頃を蘇らせたい、
その良さを全部伝えたい

あじたまレインボウの発起人の一人であり中核的存在。
普段の白戸さんは、旬の野菜をふんだんに使う事を特徴にした料理教室「野菜の食卓」を主宰を生業とする野菜大好き人間。白戸さんの名刺には「野菜人」としか書かれていないのが際立っている。白戸さんがあじたまレインボウを立ち上げたのは、白戸さんが鰺ヶ沢出身であることに由来している。白戸さんは中学校2年生まで、青森県津軽地方の鰺ヶ沢で育った。その後、お父さんの転勤で埼玉に移住した後はずっと都会暮らしをしている。学校を卒業して就職した先は、大手流通会社に就職。もっぱら婦人服専門のバイヤーとして課長職まで上り詰めるほど仕事に精勤した。男勝りで働きつめたビジネスウーマン時代は、一切料理をしたこともなかったというから「野菜の食卓」の主宰である現在とは 180 度違う人生を送ってこられた。

野菜に導かれた鯵ヶ沢との再会

そんな白戸さんが、プロの料理人になっていった経緯は、お母様の介護がきっかけだという。それまで何十年も白戸さんの食事はお母様のおふくろの味(すなわち鰺ヶ沢の家庭料理)が支えた。一転して、白戸家の料理担当は白戸さんの手に移ることとなった。ちょうど白戸さんの年齢も、油ものから野菜などシンプルなものを好むようになっていたこともあるのだろう。どうせ作るなら美味しい体に良いものをと、今まで百貨店の婦人服売り場にしかいっていなかったのが、一転してデパ地下にしか寄らない生活に急変したという。
ひたすらデパートの地下で美味しく健康的な食材をさがしていた白戸さんにとって、ある出会いがあった。「色とりどりのじゃがいも」を試食させるブースがふと目にとまった。バラエティ感も珍しかったが「味の濃さ」が強く白戸さんに響いた。どこのジャガイモ?ときくと、何と、白戸さんの出身である青森県鰺ヶ沢町近郊の農業生産法人がつくるバラエティ豊かなジャガイモだった。その名も「テイスティングポテト」。あじたマルシェにも並ぶ黄金崎農場のヒット商品だ。岩木山のふもとで作っていると聞いた時、白戸さんの頭に幼いころの思い出がよみがえった。

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野菜の食卓では季節の野菜をふんだんに使った、健康で美味しいお料理が学べる
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鯵ケ沢白八幡宮大祭は
300年以上の歴史をもつ古式ゆかしい祭

山、川、海の自然に囲まれた港町で白戸さんは育った。鰺ヶ沢と言えば、江戸時代に北前船の寄港地として大いに栄えた商業の町でもあった。北海道のものを日本海沿岸の港に立ち寄りながら、京都・大阪に運んだ交易船は、物産だけでなく文化も運んだ。京都の文化は金沢のように、津軽半島や下北半島にも伝播し影響を及ぼしたという。津軽地方では鰺ヶ沢にしか残っていないが、京都の祇園祭の系譜を引き継ぐ祭り「白八幡宮大祭」はいくつもの山車が行列をなし、その山車の中で地元の子供たちが鐘や笛、太鼓を奏でる役割だ。白戸さんも子供のころにその鐘を叩いた思い出がある。今でも耳に残るそのあでやかな色、音、宵宮の光、祭りにかかわる大人たちの格好よさ、すべてが蘇り、白戸さんの望郷の念をかきたてたのだろう。現在の鰺ヶ沢は残念ながら経済的には良い状態とはいえない。過疎化がますます進むことが懸念される。そのことを見るにつけ、白戸さんの想いも深まっているのではないかと思う。

「野菜人」白戸啓子の誕生

前述のジャガイモと出会ったころ、すでに野菜人の道を歩み始める決意をしていた白戸さんは、鰺ヶ沢で取れる格別に美味しい食材を都会に紹介する事で、鰺ヶ沢のよさをもっともっと広めてゆきたいと思ったそうだ。長年務めた会社も辞めた。そこから白戸さんの地道な活動が始まる。「津軽つながりツーリズム(TTT)」だ。もう5年以上にもなるその活動は、白戸さんの生徒さんを連れて鰺ヶ沢の食材の美味しさだけでなく、鰺ヶ沢のよさを丸ごと体験して欲しいという想いでスタートした。5年続けられたのは、白戸さんのTTTを支えるパートナーのおかげと白戸さんは言う。オリジナリティに溢れる生産者の面々の人間的魅力もそうだが、農家民宿「せっちゃんのエクスぺリヤンスの家」を経営する齋藤節子さんの存在が大きい。齋藤さんのお宅は素朴なたたずまいながら、ご夫婦そろって津軽の昔ながらの郷土料理や家庭料理と新鮮な海の幸を、リーズナブルにしかも高い水準で提供してくれるので、鰺ヶ沢の想いでをより強い印象をもって持ち帰ってもらえることにつながっているという。白戸さんの力強い現地パートナーと言えよう。それらの力が結集して、少人数だけれど、確実にリピーターを増やしているこの活動は、2012年にさらに深まりをみせた。食のプロとともに鰺ヶ沢を訪問するという企画が実現したのである。さいたま市が斬新な食材を探す事業とのコラボで行われた活動は、一年を経て「あじたまレインボウにつながっていった。

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せっちゃんのエクスペリヤンスの家、毎回齋藤さんの心づくしのおもてなしは好評
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風丸農場のりんご園にて
農家さんから直接話しを聞く

実際にレストランのシェフやオーナーが鰺ヶ沢を訪れた。そして鰺ヶ沢の食材はプロの評価に十分耐えることもわかった。しかし、その供給体制を整えなければ、珍しいだけの存在になってしまう、せっかくできたこの繋がりを継続的な動きにしたい。その強い思いがこのあじたまレインボウに凝縮して鰺ヶ沢の地元も動かした。行政と農家、そしてさいたま市の食のプロがそのメンバーに入って活動がはじまった。まだまだ課題だらけではある。それでも確実なスタートは切られた。

白戸さんに、組織の名前の由来を聞いてみた。「みんなと鰺ヶ沢に行ったときに、海に大きな虹がかかったんですよ。だから“鰺ヶ沢とさいたまを繋ぐ虹”ということで“あじたまレインボウ”にしました。味付け卵の会とおもわれちゃうかしら。」と笑う白戸さん。

白戸さんの周りにはいつも人がいる。人を呼び込む力が猛烈に大きい人なのだろう。放っておけないといいながら、色々な人が白戸さんを中心にして様々なプロジェクトがうごくのだそうだ。白戸さんの名前をgoogleで検索すると、一冊の本にいきあたる。

「新聞でつくるナチュラルエコバッグ」。

白戸さんは、新聞紙でつくるエコバッグの第一人者でもある。野菜のおすそ分けをするのにいろいろな形状の新聞紙バッグがああるといいなと思った白戸さんが作り始めたエコバッグのバリエーションを見た周囲の人が盛りたてた結果、一冊の本の著者になってしまったという。今ではエコバッグのワークショップ講師も務めている。

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世界自然遺産白神山地トレッキング

一途な性格に惹かれた人々が白戸さんに集うと、新しいことがどんどんおきていく。
あじたまレインボウもきっと、新しいことを生み出す関係性を築いてゆくのだろうと思う。
鰺ヶ沢にを訪れた人はほとんどがまた来たいという。あじたまレインボウ、単に野菜の流通だけでは終わらないだろう。

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白戸さん著作のエコバッグの本、バッグと季節野菜の織りなす美の世界が味わい深い
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英字新聞や、広告のビジュアルなどを、上手に使ってセンスよく仕上げる

生産者